1月29日、東京千代田区のアルカディア市ヶ谷で開かれた、自分が所属する日本医学ジャーナリスト協会賀詞交換会に出席。病理医で作家の海堂尊氏の記念講演「死因不明社会」を聞いた。
不明を恥じるのだが、私はこの作家を知らなかった。2005年に「チーム・バチスタの栄光」で、第4回「このミステリーがすごい」大賞を受章している。そのせいか、いつもの新年会では5,60人の参加者が、今回は100人に迫る盛況。テーブルなしで話を聞いたのは、この会で初めて。
テーマの「死因不明社会」は、海堂氏が書いた同名の講談社ブルーバックスのサブタイトルが「Aiが開く新しい医療」となっていることで分かるように、同氏が考案し普及を提唱している「死亡時画像診断(Ai)」の意義を説く内容。
死因を特定する、といえば誰でも解剖を思い浮かべる。しかし、遺体を傷つけたくないという遺族の感情で、普及が進まない。ならば、MRIやCTで遺体の画像を取れば、遺族の感情にも逆らわず死因のかなりは解明できるはず、という考えだ。実際、死因があいまなまま「心不全」で処理されているケースが多いという。
医学は「死」の解明から始まる。だから医学生が最初に取り組むのが、解剖だ。その当たり前の考え方が、医療の現場で貫かれていない。Aiで死因が分かる確立は6割だと、同氏は話す。「小さいと思われるかもしれないが、解剖でも8割しか分からない。しかも、結果が出るまで2年もかかる。画像はその場で分かる」とか。Aiが普及すれば、確かに医学は大きく変わりそうだ。
しかし、現実はそんなに単純ではないらしい。一つは、生きた患者を検査する同じ装置でやることへの、心理的抵抗。二つは、お金ので出どころがないこと。
新たな問題も出ている。法医学界が、この技術を自分たちの領分に組み込もうとしている。「自分たちには画像を読む能力がないのに、利害関係だけで動いている。放射線医に読影を丸投げしている例もある」。海堂氏の憤慨はとまらなかった。
